「好き」と言えない

恋愛の話ではない。趣味の話である。

 

突然だが、目の前に『ONE PIECEしかマンガを読んだことがない人がいるとする。(『呪術廻戦』でも『推しの子』でも何でもいいけど。)

「好きなマンガはなんですか?」という質問に対して、その人が「『ONE PIECE』です」と答えたら、どう思うだろうか。

まともなコミュニケーションができる人は「『ONE PIECE』か。面白いよね」とか言って、そのまま楽しく話を続けるだろう。

しかし、意地悪な人は話を続けたとしても心の中でこう思うかもしれない。

「マンガは全然読まないんですけど、みたいな前置きをしろよ」

 

例が極端かもしれないが、この類の意地悪はネット上でよく見られる気がする。

「好き」という言葉には少なくとも二種類あって、一つは例で出したような、それしか知らない、もしくは少ないものからよく知っているものを「好き」と言うもの。

例えば、日本から出たことがない人が「日本が好きだ」と言っているときの「好き」。「慣れ親しんでいる」みたいな言葉で置き換えられるかもしれない。

もう一つは、一通り試してみたり、勉強してみたりして、知識を十分に備えたうえで、何かを選び取って「好き」と言うもの。

(まあ、二つ目のほうも、選んでいるように見えて実際のところは自分が慣れ親しんでいる文化に近いものを選んでいるのかもしれないが、選ぶ時の基準となる知識の量という点で違いがあるので分けた。)

 

ネット上で趣味の話(マンガ、アニメ、とか話題が限定されている場合に限る)をするときに、前者の意味で「好き」と言っていることが意地悪な人にばれると、「にわか」だとか言って馬鹿にされることがある。彼らは「色々と知ったうえで選んでいる方が、より『好き』という気持ちが強い」と思っているからである。

また、仮に後者の意味で「好き」を使っている場合でも、その知識がまだまだ浅いと判断されれば、これまた馬鹿にされることがある。「好き」と言うためには資格がいるらしい

楽しく趣味の話をすればええやん、と思うが、現代では自分の「好き」で自己表現をすることもあるから、自分の「好き」を守るためには、他人と闘わなければならないのかもしれない。

 

他人事のように話しているが、僕もどちらかと言えば意地悪な人間である。口には出さないように気をつけてはいるけれど。

 

少し前にもこんなことがあった。

僕は友達と、最近観た映画の話をしていた。

その時、僕は『ファンタスティック・プラネット』というSFアニメ映画を観た、と友達に話した。友達が「どこでそのアニメ知ったん?」と聞いてきたので、「『禁断の惑星』っていうラップの曲のMVで使われとったから」と答え、その曲を教えると、友達はえらくその曲を気に入ったようだった。

それから、最近聴いている音楽の話になり、僕は聴き始めて間もない日本語ラップから数曲を紹介した。嬉しいことに友達は一通り聴いてくれた。

後日、別の友達も加わって、3人で遊んだ。

その時も音楽の話になった。話の中で、詳しい流れは忘れたが、僕が最近日本語ラップを聞いているというようなことを言った後で、曲を紹介した友達が「やっぱり僕は『禁断の惑星』が好きかな」と言った。

それを聞いた時、「いや、『やっぱり』という言葉を使えるほど聴いてへんやろ」と思ってしまったのである。

 

こうした他人に「好き」と言うための資格を求める行為は、自分自身も苦しめることになる。

僕のここしばらくの趣味は読書、映画鑑賞、美術鑑賞なのだが、Twitterでよく見る#名刺代わりの小説10選」とか「#オールタイムベスト10」なんてとてもじゃないが怖くてできないし、好きな作品の話もほとんどできない。読んだ・観た作品の感想を書くのがせいぜい。別に誰も馬鹿にしてはこないだろうに。

日常会話でも、それなりに付き合いが長くて心を許している人にしか好きなものの話はできないし、初対面の人との会話で好きなものの話をしようとするときも「まだあんまり観てないんですが」みたいな言い訳をしてしまう。

もしかしたら、「好き」と言えないせいで、話題が広がる可能性を消してしまっているかもしれない。

 

趣味というのは楽しいもののはずなのに、そこで自分を表現しようとか、余計なことを考えてしまうせいで楽しくなくなってしまう。やはり、「誰に何を言われようが、自分はこれが好きなんだ」と言い切ること、居直る心の強さが必要なんだと思う。いや、居直りどころか、他人の目や物差しをそもそも勝手に想像してはいけない。

しんどくなれば、やめてしまう。楽しければ、続けられる。

読書でも美術鑑賞でも、「勉強しよう」と思っているときよりも、何も考えずにただ楽しいんでいるときのほうが結局知識も身についているし、読む本の冊数・美術館に行く回数も多くなる。

人と比べないほうがいい。