凡揚

京大文学部の底辺をさまよう男の記録。

『魔術はささやく』宮部みゆき【ヤバイ本】

 

 

こんな人におすすめ

・ドキドキ、ハラハラしたい人

・高校生が謎を解いていく作品を読みたい人

・関係者の視点が同時進行で語られるタイプの作品が好きな人

あらすじ

飛び降り、轢死、交通事故。別の時間、別の場所で三人の若い女性が亡くなった。それぞれの事故に関連性があるなど誰一人として考えるはずがなかった。しかし、自分を引き取ってくれた叔父が三件目の交通事故で、逮捕されてしまった主人公・日下守は、家にかかってきた奇妙な電話から、それらの事故の被害者が実は何者かによって殺害され、さらには四人目の標的が殺されようとしているということにたどり着く。

感想・レビュー

90点くらい。日本推理サスペンス大賞受賞作というだけあって、かなり面白かった。

 

ページ数は469ページと、そこそこの厚みがある小説だったが、各章の引きが非常に上手く、続きが気になって仕方がないので、休むことなくぶっ通しで読んでしまった。かなり読みやすいので、かかった時間は、読書スピードがそこまで早くない僕でも2時間程度だったと思う。

 

誰かに追われているかのように道路に飛び出してきた若い女性を轢いてしまったタクシー運転手の叔父の汚名を挽回するために、その甥で高校生の日下守が調査に乗り出す。すると、その女性は彼女の後ろ暗い過去が元で誰かに追われていたということ、そしてその過去の関係者もすでに2人亡くなっていること、そして最後の1人に魔の手が迫っているということが明らかになり、それを知った守は犯人の目的を阻止しようとする。

以上が中心的な内容なのだが、守が叔父一家に引き取られる原因となった、公金横領事件を起こし行方不明の守の父親の話や、守のバイト先で起きる騒ぎ、守の過去や叔父の起こした交通事故による高校でのトラブルの話など、本筋を彩るエピソードと共に緻密に構成されており、それによって物語と、主人公を中心とした登場人物に厚みが出ている。

また、サスペンスものやミステリーものなどをあまり読み慣れていない僕は、これらのジャンルは謎解きが中心で、登場人物の心の動きや成長などをそこまで描かないのではないかと思い込んでいた。しかし、この作品を読むと、高校生である主人公の守の、ある行為に対する葛藤が細かく描かれていたので、それがまったくの勘違いであるとわかった。

印象に残った部分

最後に、印象に残った部分で重大なネタバレにならない程度のものを引用して紹介する。

「守は時々、人間の心というのは、両手の指を組み合わせたような形をしているのではないかと思うことがあった。右手を左手の同じ指が、互い違いに組み合わされる。それと同じで、相反する二つの感情が背中合わせに向き合って、でも両方とも自分の指なのだ。」

宮部みゆき『魔術はささやく』新潮文庫,1993,67頁

これは、守の叔母が叔父が起こした交通事故について示談をすると言い、娘の真紀(従姉)と口論になった後で、「真紀が示談をしてほしくないのは、叔父を信じているのと同時に叔父が前科者になることに対する心配の気持ちの両方を抱えているからだ」と指摘するシーンの一文である。

 

この一文は読んでいて、不思議とすっと自分のなかに染み込んできた。

僕は、しばしば人間の感情に一貫性を求めてしまう。「AとBの二つの相反する気持ちがあっても、結局のところAの気持ちのほうが強いんでしょ?」みたいな。

同時に同じくらい強い二つの気持ちがあるというのは錯覚で、実はメリットやデメリットを比較したうえで一つに決めているのだ、という具合に。

しかし、この一文を読んだとき、必ずしもそうではないのかもしれないな、と思わされた。

なぜ、納得してしまったのかはよくわからないが、その「なぜ、納得してしまったのかはよくわからないが、納得してしまった」というところが重要な気がする。

自分が持っている考え方とは異なるにもかかわらず、文章の流れに乗ってしまう。そこに著者の力量が現れているのかもしれない。

 

次は、守が父の起こした公金横領事件や叔父の起こした交通事故によって、不良のクラスメイトからバスケ部の部費を盗んだという濡れ衣を着せられるなどの嫌がらせに遭った際に、体育教師の岩下先生からかけられた言葉。

「日下、俺は遺伝は信じない主義だ」

 ドアに手をかけたまま、守は足をとめた。

「蛙の子がみんな蛙になってたら、周りじゅう蛙だらけでうるさくてかなわん。俺はただの体育の教師だから、難しいことはよくわからん。わからんが、教育なんて七面倒くさいことを飽きもせずにやってるのは、蛙の子が犬になったり、馬になったりするのを見るのが面白いからだ」

 守は口元が緩むのを感じた。ひさしぶりに心の底から湧き上がってくる笑いだった。

「ただ世間には、目の悪い奴らがごまんといるからな。象のしっぽに触って蛇だと騒いだり、牛の角をつかんでサイだと信じていたりする。連中ときたら、自分の鼻先さえ見えとらんのだ。ぶつかるたびに腹を立てんで、お前のほうからうまくよけて歩けよ」

宮部みゆき『魔術はささやく』新潮文庫,1993,252頁-253頁

岩下先生ぇ!!!!

まさに理想の教師。

世の中の先生方はこのくらいの人格者であってほしいな。

「象のしっぽに触って蛇だと騒いだり」の部分は、一緒に読書会をしている友人曰く、「群盲象を評す」というインドの寓話から来ているのではないか、らしい。

初耳だったので、勉強が必要だなと思いました。

おわりに

宮部みゆきの作品を読んだのは初めてだったが、かなり楽しめた。他の作品もぜひとも読んでみたい。